ゴールデンウィークを利用して、世界名作劇場「赤毛のアン」を一気観しました。
僕のようなヘタレな中年ダメ人間になってくると、マシューの気持ちがよくわかりますね。(^_^;)
原作はどこで終わるのか知りませんが、マシューが死に、マリラの眼病が悪化、アンがクイーン学院の入学を辞退し、マリラの介護のため地元の学校の教師になることを決意してアニメは終わります。意外に現実的な終わり方だったんですね。
マシューとマリラの兄妹は、最初マシューの野良仕事を手伝う男の子を孤児院から引き取るつもりだったのですが、手違いでアボンリーにやってきたアンの、想像力溢れる快活さに魅了され、次第にアンを育てることを生き甲斐とするようになります。
現実的な終わり方、と述べましたが、同時に、これは少女のサクセスストーリーでもあります。経済的な成功ではなく、あくまでも心の豊かさ、及び生存の確かさを得たことへの成功です。
アンの魅力は、マシューやマリラにアンを育てようという感情を芽生えさせ、アンに、彼らの経済支援をもたらします。その結果、アンは金銭的な豊かさは手に入れることができませんでしたが、生きていくことの喜びやその他の様々な豊かさを手に入れることができました。
仮に、アンが無愛想で無口で、人見知りする臆病な性格であったなら、それほど成功していなかったでしょう。そうではなく、アンは明るく利口で機知に富み、兄妹にとって愛すべき存在だったのです。これは、アンの努力によって得られた才能ではありません。そう考えると、アンの遺伝子レベルでの戦略は、見事にマシューやマリラの遺伝子に作用し、互恵的でありながらも、アンはマシューやマリラをうまく利用したと言えるでしょう。
それは悪いことではなく、保護を得やすいようなほ乳類の幼い個体が、生存の確率を大きくすることを示唆しているに過ぎず、他の霊長類などの行動からしても、アンのとった行動は自然なものなのでしょう。血縁関係にない子供をライオンから守るアンテロープも、サバンナには暮らしています。
ダイアナの親戚であるジョセフィンおばさんやアメリカの大富豪が、アンにラブコールを送り、アンはそれでも、育ての親であるマシューとマリラの元から去りません。これって、複数のイケメン男に囲まれているウハウハな少女マンガの主人公と同じ状況で、多様な選択肢を持つ現状を楽しめる幸福な状況であり、その状況は、自分にとって最適な選択をすることが可能であることを保障することでもあります。アンの遺伝子は戦略的に成功したのです。
たぶん、僕のようなひねくれた個体は、サバンナでは、いや、日本でも生き残れません。w
っていうか、僕もアンのような遺伝子に操られることは確実です。(^_^;)
2011/05/08修正
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