2011年8月25日木曜日

中世ドイツの異星人

 マイクル・フリン著「異星人の郷」、読了です。
 今年の一月に読み始めた長編SF、マイクル・フリンの「異星人の郷」をようやく読み終えました。
 途中、なぜ放り出したのかというと、中世のドイツの描写があまりに長々しく続いて退屈だったというのが最大の理由だったのです。
 お盆休みを利用した読書計画の中で、あれもこれもと詰め込んでいたら、「そう言えばマイクル・フリンのあの作品を未読のままだった!」と思いだし、急遽その読書計画の中に詰め込んで、ようやく読了となりました。
 これは……。やはり、退屈だ……。(ああ、すいません。この著書のファンの方、そう怒らないでください!)
 というか、たぶん、この著書のファンの方は、この作品が地味で退屈であることは十分承知していて、その退屈さがこの作品のいいところだと主張されているのだろう思います。そして、僕のようにこの作品に否定的な読者を、「こいつは、わかってねぇよな」と見下せるほどの読書経験をお持ちの人たちであろうということも想像できます。
 でも……。
 でも、あえて言わせてもらいたい!

 この作品は退屈だ!!(^_^;)

 全体として、マイクル・フリンの趣味に付き合わされたように感じます。彼が描きたかったのが中世のドイツであり、その時代に生きる人々の生活様式や道徳や思想だったのは明らかであり(あるいは、そういったものと現代的なものとのギャップ)、そこに宇宙人を登場させたのは、当時の彼らがそのような存在に出会い、どのような行動をとるのか?と言った仮想的で壮大な思考実験だったように思えます。
 付き合わされたこっちとしては、彼の壮大な暇つぶしに付き合わされたような気もします。
 かなりな力作で労作であることは認めますが、個人的には微妙でした。

2011年8月19日金曜日

あなたのための物語

 長谷敏司著「あなたのための物語」、読了です。
 SFマガジン編集部編「2010年版 SFが読みたい!」において、ベストSF2009国内第二位だったので、読んでみました。(ちなみに、第一位は伊藤計劃著「ハーモニー」)
 作品のテーマが「死」であるだけに、全編を通して重苦しく、痛みをえぐるような文章で綴られています。僕は、長谷敏司という作家の作品を読んだことが無く、なんの先入観もなく読み始めたわけなのですが、SFマガジンの評価ほどに高得点ではなかったのです。
 長谷の死に対する心象が、僕とは大きく食い違うからなのかもしれません。
 例えば……。
 抜粋します。

──ここから──

 死は、人間が言語を使いはじめて文化の歩みを進める中、常に無為であり続けた。そして今後も無為な断絶であり続ける。

──ここまで──(ハヤカワ文庫JA 長谷敏司著「あなたのための物語」5ページ)

 小説の冒頭から、長谷は死についてこう述べています。「無為」がどういう意味で使われているのか、少し分かりづらいのですが、仮に、何もしないで放っておいた、という意味であるなら、人類の病気との格闘や延命処置の技術向上はいったい何なんだ!と問いたいですね。決して、人類は死を無為にやり過ごしてはいません。
 たしかに、最終的に人間の全てが死んでしまうと言う現実からは逃れられてはいませんが、「無為」である、とは思わないのですよね。脳死などは、明らかに「作為的な死」だと思うのです。
 物語が冗長で、何度も同じ文章を読まされたあげくに、そう大した話ではなかったような気がします。
 冗長な文章もあって、例えば。

──ここから──

 動機が、動いている物体が外力を加えられない限り動き続ける、慣性力に似ているように思えた。

──ここまで──(同作品338ページ)

 いや、そこは、簡単に「動機が、慣性力に似ているように思えた」でいいでしょ!(^_^;)
 頭の中で意味を考え、文章を再構成しながら読んでいったので、かなり時間がかかりました。苦労した……。(^_^;)