2011年5月12日木曜日

華竜の宮

 上田早夕里著「華竜の宮」、読了です。
 この作品を読んでいて最初に思い出したのが、ポール・ディ・フィリボ著の短編「系統発生」(河出書房「20世紀SF80年代」)です。この短編の内容は、地球外生命体によって地球を侵略された人類が、ウィルスとなって種を保存しようとするもの。かなりぶっ飛んだ(^_^;)内容だっただけに、強烈に印象に残った作品です。その時の感想が、「それってすでに人類ではないのでは?」でした。
 この「華竜の宮」でも、「日本沈没」ならぬ「世界沈没」といった地球規模での災害が、人類を人体改変へと向かわせます。海上の生活に適応した人類として人体改変された海上民は、子供として生まれるときに、魚舟と呼ばれるサンショウウオに似た魚のような生き物と同時に生まれてきます。そんな生態に改変されることを、人類は本当に望むのでしょうか?
 科学らしさ、というか、科学的な度合いのようなものが、地球惑星科学に関する話に偏った反面、魚舟や獣舟に関する生命科学の科学らしさが希薄であるため、非常にアンバランスな作品であるように思います。獣舟が変異を繰り返して、人と同じ形になるには、どれほどの偶然が積み重なればいいのでしょうか。自らの身体から、異形の者がうまれることに喜びをおぼえるような神経パターンに書き換えられることを望む人類が、果たしてどれくらいいるのでしょう。っていうか、そこまで表現型の変化した人類の遺伝子は、それまでの人類の遺伝子型と何%くらいの一致を見せるのでしょう。
 僕のようなダメ人間が想像する以上に、人類というのは崇高な目標を持っていて、人類オリジナルの遺伝子(が、いくぶんか含まれている遺伝子)をいかにその表現型が変化しようとも将来に向けて(自己犠牲を強いられても!)保存しようとするものなのでしょうか?普通に考えれば、残された陸地を巡って、人は争いの中で各々の居場所を見つけるであろうと思われます。何も、進んで自らの身体を改変するなんて酔狂なヤツは、そうはいないだろうと思うのです。
 海底の隆起による海面上昇が世界中の多くの陸地を水没させた、という設定にリアリティがあるだけに、その後の人体改変や遺伝子組み換えの話が嘘っぽくて残念です。

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