2011年10月17日月曜日

仏陀再誕再観!

 僕は、「すべての宗教はインチキだ」と思っています。神や悪魔、霊や魂、天国や地獄など、人の神経細胞が生み出した空想上のクリーチャー、あるいはアーティファクトです。映画「仏陀再誕」の中で、霊界の裁判官(?)が糾弾していた唯物論者ですね。(^_^;)
 さて、久しぶりにその「仏陀再誕」を観ました。
 前半から、唯物論者の金本さんが霊界で糾弾されていたり、医者である小夜子の父親が空野に説教食らっていたりと、唯物論者の僕にとっては耳の痛い映画となっております。
 この映画、操念会の会長によって、主人公小夜子の弟が現代医療では治せない病にかかり、それをTSIの空野が霊能力で治療する場面があります。この、不治の病がTSIの力によって治ってしまう、というような描写は、裏を返せば、TSIの力がなければ治せない病気があり、仮にそういった力を信じないのであれば、死んでも仕方ない、といっているようでもあります。
 この、遠回しな脅迫は、敵方の操念会会長が唱えている論と同じ手法であることに気付きます、よね?それは、恐怖による支配です。
 操念会の会長の論を、自らにとって都合のいいような主張であるとして否定する空野の主張もまた、自分にとって都合のいいような論をお仕着せようとしています。
 空野さん、「人間の本質は心にある!」と叫ばれているようですが、その根拠は?
 「真理は!」とか「本質は!」などと叫ぶ人間の主張をよく聞くと、それはたんに「俺の言いたいことは!」と叫んでいるに過ぎない場合が多いのですよ。
 政治の世界で繰り広げられる討論のカリカチュアのようなふたりのかけひきです。俺の言うことが正しい!いや、俺の言うことが正しい!みたいな。
 宗教的な主張がいかに多くの人に受け入れられるのかは、とても政治的なかけひきであり、それが正しいかどうかは関係なく、多く人心を掌握した宗教が将来生き残っていくのでしょう。
 この映画では、TSI側が勝利したので、空野に「俺が正しい!」と主張する権利が生じたわけです。そして、勝った空野の方が、「俺がブッダの生まれ変わりだ!」と叫ぶことができるわけです。操念会会長が言うとおり、まさに、この世は弱肉強食ですね。

 ちなみに、巷では、登場人物の空野は大川隆法だとか、荒井は池田大作だなどの憶測が飛び交っているようですが、この映画では一切そのように述べられてはいないので、今回は、そういった憶測なしに書いてみました。
 仮に、現実世界にTSIなる宗教団体があり、その宗教団体がプロパガンダとしてこの映画を作ったのであれば、小夜子が、操念会の集会に参加し、感化されそうになった場面で、ぜひ、現実世界でこの映画を観ることによって感化されそうになる危うさにも、この映画を観た人たち全員に気付いて欲しいと思うのです。
 映画の中で操念会の会長がやっていたことと、そっくり同じことを、空野さんは映画館に来た人たちにしているのですよ。
 恐いのは、この映画の対象としている人たちが、リテラシー能力の低い比較的若い年齢であることです。そのために声優陣を豪華キャストにし、主人公を小夜子のような女子高生に設定したのでしょう。弱者を狙う、非常に狡猾で卑劣な手段ですね。
 現実世界で、宗教団体がこういったTSIのような卑劣なプロパガンダを行なうことのないよう祈ります。
 大丈夫ですよね?「TSI」は、「幸福の科学」ではないですよね?

2011/10/19 修正

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