2011年10月4日火曜日

ヴィクトリア朝の人たちとガンダム世代

 コニー・ウィルス著「犬は勘定に入れません あるいはヴィクトリア朝花瓶の謎」、読了です。
 たしか、発刊された翌年くらいに購入した本です。何かの続編ということで、積ん読のまま放置していました。それが、最近、山本弘の本などで紹介されていましたので、書棚の奥から引っぱり出して読んでみることになりました。
 本編はラブコメタイムトラベルSFであり、とても楽しい作品でした。「ドゥームディー・ブック」の姉妹編にあたるらしいのですが、直接の続編ではないので、この作品単体でも十分楽しめます。
 で、今回は、例によって本編とはまったく関係ない話を。(^_^;)
 ヴィクトリア朝の人たちというのは、現実にはどうだったのか知りませんが、本の中で話言葉にやたらと詩や小説を引用します。
 「犬は勘定に入れません」では、テレンスが、テニスンの詩やルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」、シェークスピアなどをやたらと引用しまくります。遠く離れたカナダでも、「赤毛のアン」のアン・シャーリーは、テニスンやシェークスピアを引用し、果ては、テニスンの詩を真似て、自分でボートに横たわったまま川を下り、あやうくおぼれかけてしまいます。
 この、話の合間にやたらと何かを引用したがる人たちというのは、僕の周囲にもじつはたくさんいて、それがどういう人たちなのかというと、みんな「エヴァンゲリオン」や「ガンダム」で育った世代の人たちなのですよね。
 職場の設備(3号機)が調子悪くなると、「エヴァ三号機、現時刻をもって破棄!」と叫んだり、新しい器具が導入されると、「見せてもらおうか。連邦のなんちゃらの性能とやらを」とつぶやいたり。
 ガンダム世代(エヴァ世代)には、ガンダム世代共通のコンテクストが存在していて、それが強烈に作用するので、例えば、古い機器を勧めるようなヤツには、「お父さん、酸素欠乏症で頭が……」と指摘して、その台詞のコンテクストを通じて背景にある共通した意味性を感じることができます。
 この、ガンダム世代共通のコンテクストと、ヴィクトリア朝の英国人がシェクスピアやテニスンから得ていたコンテクストは、同じ種類のモノであり、アン・シャーリーがランスロットの声によって悲劇の姫となったシャーロットを真似たように、僕たちもまた、シャア・アズナブルを演じ、「認めたくないものだな。若さ故のなんちゃらかんちゃら」と言い、「坊やだからさ」とツッコミます。
 こうやって考えると、あの、気持ちの悪いヴィクトリア朝時代の会話にも、少しは共感できるのではないでしょうか?(^_^;)

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