2012年7月16日月曜日

円城塔という現象

 円城塔著「道化師の蝶」、読了です。
 いや、読了、とは言えませんね。なぜなら、さっぱり理解できなかったからです。w
 まったくわかりませんでした。
 「これはペンです」は、なんとなく理解できたものの、本作はさっぱり。こんなに理解できないと、作品を読むと言うよりは、文字を目で追っているだけのような気になってきます。
 物語の中に登場する旅の途中でしか読むことができなかったり、腕が三本ある人にだけ理解できたりする本のように、この作品にはある特殊な環境にいる、あるいは特殊な才能のある人間にしか理解できないような類の本のように思われます。
 こういうわからないものに、無理矢理意味を見いだしてしまえるほど、僕は夢想家ではありません。
 ただ、前回、金子邦彦著「カオスの紡ぐ夢の中で」の感想で書いたように、現象としての円城塔には興味があります。
 円城塔の書くような小説は、物語全体の中では突然変異のようなもので、たまたまそれを受け入れるような環境があったために、そのニッチの中で、円城塔の小説は生まれ続けている、そんな印象を持っています。あるいは、円城塔などという作家は本当はいなくて、巨大な小説を書くシミュレーション機械のみが存在し、その機械が僕たちの現実世界を実験場として利用しているような、そんな空虚な印象も受けます。
 意外に僕は夢想家なのかもしれません。(^_^;)

2012年5月28日月曜日

繰り返される相互作用

 金子邦彦著「カオスの紡ぐ夢の中で」読了です。
 『円城塔氏が渾身の解説を寄せる~』という本の帯に惹かれて買ってみました。
 円城塔が解説を寄せる?この違和感。w
 そうなのか。円城塔は、前衛と呼ばれるよくわからない小説を書くばかりでなく、解説をすることもできるんだ!(^_^;)
 金子邦彦の著書は他には「生命とは何か──複雑系生命科学へ──」を読んでいます。あの著書で、乱雑な成分を含み複製を繰り返す膜状のものの中に、やがて規則のようなものが生まれ、それがDNAのようなものになったのではないか?といった議論は、僕にとって非常に説得力を持つものでした。それまでに読んだドーキンスのDNARNA)が先に生まれたといったような生命観に比べて、金子の説を思わず採用したくなるほどに魅力的でした。複雑系というもののおもしろさにすっかりはまった瞬間でもあったわけです。
 たぶん、僕が複雑系の魅力を何も知らない状態でこの本を手にとってみれば、やはり何だかよくわからない本だったのでしょう。あるいは、円城塔の「これはペンです」を読む以前だったら、円城塔が解説をしている面白さはまったく理解できなかったのかもしれません。そういう意味で、僕とこの本はまさに「ダイナミックな相互作用」の渦中にあります。
 この本に収録された「小説進物史観」の中の、小説を書くプログラムと読者である人との関係のように、現実世界での読み物の評価にもカオスが関わり、この先読む予定の円城塔著「道化師の蝶」への評価に、非線形的な変動をもたらすのでしょう。
 僕がどれほど複雑系を理解できているのかは不明ですが、入れ子状になったこの本の構造自体も楽しく、また、円城塔の理解(あるいは作品の理解)という意味においても、非常に面白い本でした。

2012年5月11日金曜日

ビブリア古書堂

 三上延著「ビブリア古書堂の事件手帖~栞子さんと奇妙な客人たち~」、読了です。
 書店で見かけて、ちょうどラノベが読みたかったので買ってみました。
 本好きの女性で眼鏡、しかも巨乳(表紙から勝手に想像!)とくれば、自分のなかではあの紙使いの読子しかいない!と思っていたところに新キャラ登場です。
 いわゆるラノベっぽいノリを期待していただけに、いい意味で裏切られました。
 古本にまつわるお話しが、ミステリー仕立てで展開していきます。主人公の栞子は、足が不自由で人見知りが激しく、物静かな本好きな女性という、悪く言えば男の欲望を具現化したかのようなキャラクターなのですが、そういった媚びは感じられないので好感が持てます。このあたり、ラノベっぽくないんだよね。
 で、面白かったので続編の「ビブリア古書堂の事件手帖2 ~栞子さんと謎めく日常~」も買って一気に読んでしまいました。
 そして深まった謎が、一巻の表紙。
 あれは、栞子の母親の肖像画だったのか?
 しかし、背景には液晶モニタのようなものもあるし、どう考えても栞子の母親の時代とは思えない。一巻で五浦がはじめて目にした栞子の服装に酷似しているようですが、あのときはたしか髪をゆるい三つ編みにして結い上げていたはず。しかし、一巻の表紙を飾るのが栞子の母親というのはすこし不自然。ん~、どっちだろ?
 どちらにしても、各エピソードごとのミステリーとは別に、母親や栞子にまつわる謎も、ストーリー全体に絡んでくるようです。
 続刊が楽しみですね。

2012年5月9日水曜日

やがては出荷される少女たち

 今野緒雪著「マリア様がみてる フェアウェルブーケ」読了です。
 久々の新刊です。今回は、リリアンの教師にスポットが当てられています。
 「花物語」などもそうなんですけど、教師と教え子の関係は、この手の小説にとっては意外に王道なんですよね。実際問題、現実世界で女子高生と教師の関係がどうなのかはともかく、ファンタジー世界でのこういった妄想に浸るのは有りなのかと思っています。
 幼稚舎から大学までの一貫教育をずっとお嬢さま学校で受けていた女性が、そのままリリアンの教師になるということは、彼女はその世界しか知らない純粋培養お嬢さまであり、生徒たちが彼女らに、同質の匂いを嗅ぎ取ってもおかしくはありません。しかし、そういったお嬢さまであっても、やがては“出荷”されるわけであり、それが、リリアンの生徒たちに現実問題として突きつけられているかのようです。
 女性にモラトリアム期が生じたのは、女性が高等教育を受けられるようになってからであり、結婚までの準備期間が、彼女たちにさまざまな精神的な活動を与えたようです。
 今回の「フェアウェルブーケ」では、教師に対してさまざまな想いを、リリアンの生徒たちは巡らします。そして、教師たちは、やがて卒業し結婚するリリアンの生徒たちの将来を暗示しているかのようです。
 「花物語」で描かれる結婚が、辛く厳しいものだったのにくらべ、「マリア様がみてる」で描かれる結婚が、明るく希望に満ちているものであることが、男からすれば救われるのですが、やはりというか、なぜ?というか、祐巳ちゃんもすっかり三年生の紅薔薇さまになって、やがて卒業して結婚するなどと想像すれば、男とすれば寂しいなぁと思うわけです。とくに、男嫌いの祥子さまの将来は、心配ですね。w
 そんなふたりの、夏休みの過ごし方なども想像させられました。
 やはり、このシリーズ、面白いですね。次作も期待しています。

2012年5月8日火曜日

火星ダーク・バラード

 上田早夕里著「火星ダーク・バラード」読了です。
 偶然にも、チャイナ・ミエヴィル著「都市と都市」に引き続き、警察小説を読んでしまいました。そして、エンターテイメントとしてこの作品はすごく面白かったです。僕は上田の「華竜の宮」を最初に読んで、すこし取っつきにくい作家だと勝手に想像してしまっていたのですが、他作品はこんなにも面白いのですね。
 僕にとってこれは「戦う美少女」のジャンルに入れるべき作品です。薄幸の美少女に同情する中年男と、その男に恋してしまう少女。中年男が抱いてしまうファンタジーをそのまま小説にしてしまったような、かゆいところに手が届いている作品と言えます。(^_^;)
 ただ、すこし疑問点も。
 SF的なガジェットとしては、例えば火星で発見された生物のDNAなどが登場します。そのDNAを使って、アデリーンのような能力を持った子供が誕生するわけです。地球以外の何らかの要素が、ヒトをヒト以上の能力に改変してしまうといった設定は、なんとなく説得力がありそうですが、結局のところ、このお話しでは遺伝子の配列をすべて書き上げてしまうテクノロジーのある世界になっているため、火星由来の遺伝子は必要ないような気もします。
 人間の価値観のなかでの「進」化は、通常自然界が選択するような変化の取捨選択とは違って、恣意的な変化を選択してしまいがちです。人間の作り出した倫理観や理想論に沿った変化だけを、「進」化として認めたがる傾向にあるように思われます。実際には、人殺しを好むように変化することも、人殺しを好まない方向に変化することも、それが遺伝子型のなかに変異を認められたならば、どちらかが倫理的に間違っていても、両方とも進化なのですよね。
 ノーベル賞受賞者の精子を集め続けたあの人や、優秀などっかの民族の血だけを残そうとした誰かさんみたいに、グレアムの野望も潰えてしまうのかなぁ、などと、いろいろと想像させられた作品でした。

2012年4月24日火曜日

見てはいけないものを見て……

 チャイナ・ミエヴィル著「都市と都市」、読了です。
 久々に海外SFを堪能しました。
 ふたつの国の大部分が重なり合っていて、その国で暮らす人たちは、異国の人や建物、車やペットなどを見ないようにして生きています。そんなあり得ないような都市で起った殺人事件から、物語は始まります。以降、ネタバレ含みます。ミステリーですので、本編を先にお読みください。
 まさに奇想小説であり、最初に僕が想像したような、混ざり合ったイスラエルとパレスチナのようなものではなく(大森望の解説によると、そういったプランが実際に米国の政治学者のあいだであったらしい)、もっと荒唐無稽なものらしいとわかります。ミステリー仕立てのストーリーは、この荒唐無稽な都市で語られる都市伝説(さらに荒唐無稽な!)を巡り進行していきます。
 僕は、どこからかその都市伝説上のオルツィニーと呼ばれる都市が忽然と現われそうな期待で読み進めたわけですが、いい意味で裏切られました。物語は、この荒唐無稽な都市の常識の範疇で終始します。著者は都市が重なり合ってしまった原因には言及していないし、作中で過去に何があったのかの詳しい説明もなく、これらは読み手の想像に任されます。都市が重なり合った<クロスハッチ>部分では、異国である街を見ることはできず、互いに異国である人同士も見ることはできません。しかし、その人物を異物だと認識するためには、見なければならないわけで、そのため、このふたつの国では、見ていないようなふりをすることを義務づけられています。
 ただ、一般的な都市そのものが、もしかすると<クロスハッチ>したものかもしれないし、それを言えば、人の暮らしそのものが<クロスハッチ>したものかもしれない、そんなことも思ってしまいます。見てしまったのだけれども、見なかったことにしないといけないような……。人が生きていく中で、どれほどそういう事態があることか。あるは、そういう気遣いを求められる場合が、どれほどあることか。w
 この作品の異常さは、それが国家レベルで行なわれているところです。互いに気遣う両都市から抜けだし、主人公ボルルは最終的には<ブリーチ>に行きます。その結果、ボルルは集合の全体に対して自由になった一方、どちらの集合からも認識されない存在となってしまったわけです。いわば、幽霊のようなものです。画像編集ソフトのレイヤー機能のように、多重構造の階層を一段上ってしまい、ボルルは空気のようにふたつの都市に拡散したかのようです。その意味するところが、世捨て人のようでもあり、下層構造を俯瞰する霊のようでもあります。
 あるいは、意味などないのかもしれません。何かのアナロジーであることは、幻想や奇想には必要ないですからね。

2012年4月9日月曜日

法律遵守の海賊たち

 笹本祐一著「ミニスカ宇宙海賊(パイレーツ)」、読了です。
 アニメ観ていて気になった箇所がいくつかあったので、原作読んでみました。
 かなりな質量の太陽光帆船が、七日間という短時間でハビタブルゾーンにある惑星から恒星をまわって帰ってくるためには、どれほどの面積の帆が必要なのだろうか、などと考えながら読んでしまいましたが、このスペオペのノリというか、勢いというか、こういうの好きです。
 アニメでは、オデット二世号の背後で星が瞬いたり、真空中でハッチの開閉音が響いたりして、それがかなり気になってしまいました。電子戦で電力が足らなくことの理由ももっと欲しいと思っていたところ、原作ではきちんと書かれてあるのですね。それにバーベキューロールするオデット二世号にはりついた茉莉香が、恒星がオデット二世の陰に入った瞬間に見た天の川銀河も、たぶん、瞬いてはいないし、通信機から聞こえてくるヨット部の部員たちの呼吸音しか聞こえないという記述もあって安心しました。
 たぶん、実際に宇宙で行なわれる戦闘行為なんていうものは、想像以上に視覚的には地味なもので、アニメにするのって大変そうなんですよね。忠実に描いてしまうと、ひどく退屈で地味な作品になってしまいそうです。
 一定のルールのなかでだけ有効な免許を持ち(私掠船免状)、国家の決めたルールに従って営業するだけの団体を「海賊」と呼べるかどうかはともかく(もはや「賊」ではないような……。かなり悩みました。決められたルール以外の略奪行為なども行なっていれば海賊だと思えるのですがw)、海賊たちがじつはいい人、というか、あまり悪人ではない海賊というか、そんなお話しのなかの「海賊」にありがちな海賊たちのお話しです。
 しばらく付き合ってみたいと思います。