上田早夕里著「リリエンタールの末裔」、読了です。
僕は上田の代表作「華竜の宮」がどうも納得がいかなかったため、上田の小説はちょっと苦手で手が出しづらかったんですよね。ところが、2010年2月「SFマガジン」掲載の「マグネフィオ」を偶然にも読んでみたら、すごく面白い。この中短編集は、その「マグネフィオ」を含む四作品が読めます。
「リリエンタールの末裔」は、「華竜の宮」と同じ世界で繰り広げられるお話し。そして、僕はこの世界観に入っていけないために、やはり何も感じない。どうしてだろうなぁ。
なぜこの物語に入っていけないのか、よくわかりません。(^_^;)(何といいかげんなレビューだ!w)
人が、鉤爪を持つ手を、背中に生やすことに抵抗感がある──、からなのか?
魚舟獣船もそうなんだけど、人がそのような外観になることを望むのか?と考えると、やはりそうはならないような気がするんですよね。些細な黒子の位置やそばかす、鼻の大きさや両目の距離を気にするような生物が、背中に鉤爪を生やしたり、グロテスクな魚舟になったりすることを受け入れられるのかと……。
残り三編は面白かったです。「マグネフィオ」と「ナイト・ブルーの記憶」は、どちらも脳の認識にまつわるお話し。そのうち「ナイト・ブルーの記憶」は、無人の海洋探査機を、神経接続された人間が遠隔操作するといった作品で、操作する人間が、次第に海洋探査機に馴染み、あるはずのないセンサーから触覚を得たり、考えられないほどの鋭敏な聴覚を得たりします。
これって、僕が車にも感じたことで、右足の脹脛の筋肉を動かす神経が、インテークマニホールドの吸入弁に直結されているような錯覚や、タイヤの表面にセンサーがついていて、路面の感触がわかるような感覚にも似ていると思うんですよね。
一方再読となった「マグネフィオ」は、「ナイト・ブルーの記憶」に登場する<感覚を他人と共有する装置>を、さらに発展させた生体チップが登場します。解説にも書かれていますが、もしかすると、この二作品は世界観が同じで、その世界観に沿った作品がもっと書けそうな気もします。(できれば読んでみたい)この二作品、人の相互理解とは何なのかを考えさせられるたのしい作品ですね。
四作品目「幻のクロノメーター」は書き下ろし中編です。タイトルから、なんとなく時間SFを想像してしまいましたが、いい意味でうらぎられました。歴史改変モノです。
未知の物質が人の文明の歴史に関わることで、産業革命以前からのこれまでの歴史が大きく書き換えられます。未知の物質が関わった最初のエピソードとして、マリン・クロノメーターの開発を描いています。
最後は、どのような流れにしろ、人は結局技術の開発をしていく生き物であり、人の興味の対象は自由に選択できると結びます。
産業革命以前のロンドンを、クロノメーターの開発を間近で見つめた女性の視線で見事に描いています。実話を織り交ぜながら描くことで、この作品にリアリティのようなものを与えることに成功していると言えます。うまいですね。ただ、ちょっと気になった箇所がふたつあります。
ひとつは、ハリソンが目を閉じて時計を組み始めたシーン。爆笑しそうになりましたが、あれって実話なんですか?
「見るんじゃない、感じるのだ!」
心眼か?(^_^;)
あるいは「盲目の時計職人」へのアンチテーゼか?
時間があったら、調べてみます。実話なら僕の読み違え。実話でなく、上田の挿入したフィクションであれば、不要なシーンではないか?と思うのです。
もうひとつは──。
未知の物質であったとしても、それがある程度の量を確保できるなら、希少価値はあれども流通させることはできるので、大いに利用してもいいと思うのですが、エリザベスの身体からいつかその物体Xが出ていくかわからないのと同じくらいに、地球からその物体Xが突然いなくなる可能性もありそうで、そのとき人類はどうするのかなぁ、などといらぬ心配もしてしまいました。
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